2006年06月28日

●コロンボの空港がどんどん近代的になっている〜

 3月末、スリランカに行ったときまず最初に私が驚かされたのは空港でした。1年前に行ったときも到着ロビーがきれいになっているたのでびっくりしたのですが、今回は、飛行機を降りるのになんとタラップではなくなっていたのでびっくり。でも個人的には、ちょっと残念。飛行機から出てタラップを降りる時に感じる「う〜暑い!スリランカに来た」という感覚が好きだったのに。例の蛇腹式の、まるで大型掃除機に吸い込まれているような(?)通路式になっていました。
空港出発階


 帰国の時にはゲートのある出発フロアがすっかりきれいになっていたので、これまた「うぉ〜!」。あ、そうだ、これは写真があるので貼り付けよっと。ねっ、きんだいてき〜な感じは、昔の空港を知る人にとっては驚き!なはず。





 とまあ、先日来ここまで、主にスリランカの復興状況についてお知らせしてきたけれど、被害に遭った人たちが皆すでに津波前と同じ状況に戻ったということではないのです。私が見たのは、あくまでも海沿いに走るゴールロード上の表面的な様子だけだし、家があっても、失った船をまだ持てずにいる漁師さんたちもいます。
 私がお世話になっているバーベリンホテルは、そういう漁師さんたちのために船を建造しているけれど、十一隻造る予定で、ちょうど一隻目ができたところでした。船の形は造れてもエンジンがなかなか手に入らないそうで、日本に中古の船のエンジンを寄付してくれる人がいないだろうか、と探していました。もしそういう方がいらしたらぜひご連絡をください。
posted by 岩瀬幸代 at 02:02| Comment(0) | スリランカ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

●一年後の学校の様子D

先日のレポートの中に書いた、建築中の新しい校舎。
新校舎

そしてここが、昨年はテント村になっていた場所!今はこんなふうにキレイさっぱり。生徒たちの運動場になっていました。
テント村の今
posted by 岩瀬幸代 at 01:06| Comment(0) | スリランカ応援友情プログラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

●一年後の学校の様子C

今日も引き続き、3月に学校を再訪したときの写真です。今回は第二弾の人たちと一緒に行った学校。これはペンキ塗りをした校舎の中。
校舎内

元気な子供たちの笑顔。
子供たち
posted by 岩瀬幸代 at 01:01| Comment(0) | スリランカ応援友情プログラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月27日

●非暴力平和隊講演会

 スリランカ友の会から講演会のお知らせです。2003年9月末〜2005年10月まで、紛争解決のためにスリランカで活動していた大島みどりさんという方が下記のとおり、講演を行うそうです。私は今回初めて知ったのですが、非暴力平和隊(Nonviolent Peaceforce)というNGOがあるそうで、その一員としてスリランカで活動されていたそうです。帰国されたのが2005年末なので、最新情報を聞けるわけではないかもしれませんが、私自身は講演会に行ってみようかと思っています。
@テーマ:スリランカ内戦問題「現場からの証言」
@7月1日(土)15時〜17時
 日本キリスト教団王子協会2階礼拝堂
 東京都北区王子本町1−19−2
@7月2日(日)18時〜21時
 新宿消費センター(高田の馬場駅そば)4階第2会議場
 東京都新宿区高田馬場4−10−2
@参加費 300円
posted by 岩瀬幸代 at 01:18| Comment(0) | スリランカの状況(終戦前) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

●一年後の学校の様子B


千羽鶴(左)千羽鶴!が飾ってありました。この部屋はお昼ご飯を食べた時に使った部屋。(下)で、これが、先日のレポートの中に書いた子供たちの絵。私たちが持っていったクレヨンやペンを使って書いてくれたそうです。
お絵かき
posted by 岩瀬幸代 at 00:19| Comment(0) | TrackBack(0) | スリランカ応援友情プログラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

●一年後の学校の様子A


われわれの写真先日の写真の続きです(第一弾の人たちといった学校で撮影)。去年私たちが訪ねたときの写真を、こんなふうにまとめて、しばらく校内に貼っておいてくれたそうです。

posted by 岩瀬幸代 at 00:08| Comment(0) | TrackBack(0) | スリランカ応援友情プログラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月24日

●一年後の学校の様子@

友情プログラムの第一弾に参加した青木大介君の助けにより、写真のデータを縮小することができました。ありがとー。というわけで、3月に再訪した学校の写真を皆さんにようやく見てもらうことができます。やったー。とりあえず、第一弾の人と一緒に行った学校です。。。。。。。って、一気にバ〜ンと写真を何枚も載せようと思ったのですが、なぜかレイアウトがうまくいきません。というわけで、一枚ずつ紹介していきます。
 ペンキを塗った校舎、もちろん覚えていますよね?キレイなもんです。内側の階段の壁は子供たちの手垢でうす汚れてしまったところもあるけれど、教室の中や外観は、ほとんど私たちが塗ったときのままですよ〜。

校舎

posted by 岩瀬幸代 at 00:32| Comment(0) | TrackBack(0) | スリランカ応援友情プログラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月22日

●遅くなりましたが3月のスリランカレポート

 んでもって、しつこいようですが長らくブログを休んでいた最大の理由は、3月末にスリランカに行ったときの写真を何枚かブログに載せたいのだけれど、データが大きすぎて、ブログにはそのまま貼り付けられず、さりとてどうすればデータを小さくできるのかわからず。。。という私の無知が理由です。そして、いまだわからず、結局また文字だらけのレポートで。。。お恥ずかしい。

 3月末にスリランカへ行った時の、目的の1つは、昨年スリランカ応援友情プログラムで訪ねた学校を再訪することでした。いつかは行ってみたいと思っていたけれど、行こう!と強く決意したのは、友情プログラムのことを『あなたにもできる災害ボランティア』(岩波ジュニア新書)という本の一部で紹介してくれたスベンドリニ・カクチさんが、昨年取材のためにスリランカを訪れ、学校を訪ねたときの感想を私にこう伝えたからです。「学校へ行ってみたけれど、岩瀬さんたちが塗った壁はそんなにきれいじゃなかったし、その後、誰も来ていない、と学校の人が言ってました」。彼女が、繊細な日本語の使い方には不慣れなこともあって、ずいぶんストレートに感想を伝えられ、これを果たしてブログに書くべきかどうかと、ちょっと迷いました。でも、自分で見て来なければ話にならない、それからみんなに様子を伝えよう、と思ったのでした。それもまた、私に課せられた役目のような気がしたので。

 学校を訪ねる前日、現地でたまたまスリランカ航空に用事があったため、話のついでに、「去年訪ねた学校を取材しに行ったカクチさんから○○な報告を受けたけど、私たちが帰ったあと、もっときれいにペンキ塗りをフィニッシュさせておくと言ってませんでしたっけ?」とスリランカ航空の人に何気なく聞いてはみたものの、これといった返事はもらえず。。。

 でも、実際に学校を訪ね、私たちがペンキを塗った校舎で子供たちが勉強に励み、去年と変わらぬ好奇心いっぱいの表情で私を取り囲む彼らを見ているうちに、心配していたことはどうでもよくなってしまいました。だって、大人じゃないんです。やんちゃ盛りで元気いっぱいの小学生が、壁を汚すのは当たり前。外で泥んこになった手で、壁を触れば、クリーム色の壁は汚れてくるでしょう。それに、手垢で汚れているのは階段の壁くらいで、ほかは塗ったときのまま。ペンキを塗った教室で勉強をしている彼らの姿を見ていると、よかった〜という気分になりました。

 そして、何よりうれしかったのは、ちゃんと天井から千羽鶴が下がっていたことと、先生のこんな話です。「私たちは、もうすっかり、鶴の折り方を忘れてしまったのに、子供たちは覚えていて、作り方を教えてくれるんですよ」。たとえペンキを塗った壁が汚れても、ちゃんと心の中には何かを残すことができたのかもしれない、そのことのほうがよほど大切だと思うことができました。そして、あの時寄付した物資の中に入っていたクレヨンを使って、お絵かき大会を開いたそうです。その絵が何枚も壁に飾られていて、とてもうれしい風景でした。その写真も撮ったんだけどなあ、、、。


 このあと、第二弾の人たちと一緒に行った学校も訪ねました。2つはちょっと無理だったので、スリランカで初めての仏教学校だと言っていた、あの小さな学校に出向きました。ちょうど校長先生がいらして、、、小さくてかわいらしい本当に人のよさそうな校長先生、、、行かれた方は、覚えてますよね?ご挨拶すると、表情を崩して喜んでくださいました。ここで一番うれしかったことは、学校と道を隔てたところにあったテント村、あれがいっさいなくなっていたことです。第二弾の人たちと行った場所は、第一弾で訪ねたところより被災の大きかったエリアで、学校の生徒を含め、多くの方がテントの中での生活を余儀なくされていました。あの時は、いったいいつになったらみんなが普通の家に住めるようになるのだろうか、、、と案じたけれど、全員、家に移ることができたそうです。「子供たちももう元気になりました。親も兄弟もなくして独りぼっちになってしまった男の子もいたけれど、あの子も元気になりました」と校長先生。もちろん、心の傷はそう簡単に癒えるものではないけれど、目に見える環境が改善されていくのは、心のケアにも大きく影響するのは言うまでもありません。

 われわれがボランティアに行った後、なぜかあの学校に手を差し伸べる各国からのボランティアが増えたそうで、今では近くに別の校舎も建てていました。といっても例によって小さな建物で、屋根と、大人の腰ぐらいまでの壁があるだけの校舎ですが。そこに、コンピューターを置くそうです、、、でもコンピューターがないそうで。学校の物資を担当している人から、日本の中古コンピューターを送ってくれないかと言われました。皆さんに呼びかけようかと思ったのですが、スリランカでも中古コンピューターは非常に安く手に入ると別の方から教えられ、日本からの輸送費を考えると、返って高くついてしまうと知り、とりあえず呼びかけるのはやめました。でももちろん送る意志のある方がいらしたらご連絡ください。

 
 結局私はこの後、ゴールのほうまで様子を見に行ったのですが、一年前にあったはずのテントは、どこもきれいさっぱりなくなっていました。仮設住宅もほとんど空き家で、6月までには、家をなくした人全員に住宅が割り当てられる、という話をガイドをしてくださったランジットさんからお聞きしました。今はもう6月下旬。住宅、という意味ではそろそろ一段落ついた頃なのでしょうか?

 でもこれはあくまでもシンハラ人の現状で、北部や東部に住むタミール人の津波被害者には、おそらくそこまで手が回っていないことが想像されます。シンハラの人たちに言わせると、「タミール人にも支援金はきちんと回っているはずだが、ほとんどLTTEが武器を買うために使ってしまっている。だから一般人に支援金が回らない。そしてLTTEは、事実をゆがめて、政府がタミール人には支援金を回さない、と責め、外国からの同情を買おうとする、、、」。私はこの目でタミール人の居住エリアを見たわけでもないし、話を彼らから直接聞いたわけでもないから、なんとも言えません。どちらの言い分が正しいのか。。。

 でも、自分が一年前に見た風景と比べ、今年3月に訪ねたスリランカは、明らかに復興への道のりをたどっていることがわかって、そのスピードの速さに驚かされました。
posted by 岩瀬幸代 at 01:51| Comment(2) | スリランカ応援友情プログラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

●南アフリカに行ってました

 ブログを書かなかった間何をしていたかというと、毎日仕事に追われてた。。。ってわけでもありません。そういう日ももちろんあったけれど、近頃人に会う機会が多かったのと、今月3日から10日までは南アフリカに行ってました。当初は、南インドとスリランカへ取材に行くはずだったので、どたばたと現地の行動をアレンジしていたのだけれど、急に編集部からもらった仕事が南アフリカに変更になり、結局南アフリカへ。

 南アは私にとっては初めての国なので、行けたのはいいことなのですが、何しろ遠い。4年後のFIFAワールドカップは南アフリカでの開催だけれど、それまでには直行便でも飛ばしてくれないことには、行くのだけでヘトヘトです。飛行機に乗っている時間だけを合計しても17〜8時間。遠い場所に行くわけだから、時間がかかるのはやむをえないけれど、いかんせん体調が悪かったのと、季節が逆なために、サファリをやっているときは冬の寒さの中、芯まで凍りました。

 サファリをしながらキリンやライオンに出会ったこと以上に、いろいろ考えさせられた国でした。今は表面上は黒人と白人の差別はないけれど、やはり根っこのほうでくすぶっている。どうして人間はこうもアホなのかと考え出すと、とてつもないブラックホールに吸い込まれていくような感覚があり、、帰国して3日後には熱を出し、1週間ほど寝込んでました。
posted by 岩瀬幸代 at 00:15| Comment(0) | 日記のような | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月21日

●スリランカが心配

 本当に長らくご無沙汰してしまいました。果たして今、このブログは何人ぐらいの人が読んでくれているのでしょう?多くても少なくてもプレッシャーになるので考えないようにしていますが、ほんと、あっという間に時間が過ぎてしまい、失礼しておりました。

 スリランカの情勢があまりよろしくないから、だんまりを決め込んでいた。。。なんてわけじゃないんです。でも、さてブログを書こう、と思う度にうれしくないニュースが飛び込んできて、そのたびに大きなため息をつき、やる気が失せたのは事実。日本にいる日本人の私がこんな調子なのだから、スリランカの人たちは、いったいどんな気持ちで毎日を過ごしているのだろうかと心配になります。

 私のところにメールをくださる方の中には、スリランカの情勢を聞いてくる方も少なくありません。私が知っていることは、新聞に書かれていること以上のものではないけれど、時々電話やメールでやり取りするスリランカの知人・友人の気配から、その時々の気持ちがなんとなく伝わってきます。さすがに今は気落ちしているのと、心配している彼らの様子がわかって、、、。かといって、私に出来ることといえば「気をつけて」ということぐらい。そして、早く平和が訪れるようにと祈るだけです。
posted by 岩瀬幸代 at 22:05| Comment(0) | スリランカの状況(終戦前) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする