2006年12月31日

●06年、ちょっとだけ振り返り

 今年もあとわずか。残り数時間で私の部屋は果たしてきれいになるのでしょうか?がんばります。
 06年、個人的に最も印象的だった出来事は、やはり母と一緒に行ったスリランカ旅行でした。正直、とてもたいへんで。。。。海外旅行初心者と一緒に旅行をするというのはこんなにも大変なものだったのかと。。。日本にいるときとは勝手が違うために、自分ひとりでは自由に行動できない母が小さく見えて、悲しいような腹立たしいような。。。
 逆に母にとっては、日本にいるときより私が大きく見えたらしいです。家でだらだらしている私をよく知っている母にとっては、異国の地で、どこへ行っても現地の知り合いがいて、親しげに話しているのを見て、少し遠い存在にも感じたようです。
 しかし、とにかく大満足してもらえたことは確か。今でも、「映画の中にいたような気がする」と言います。一番インパクトが強かったのは、アーユルヴェーダ。長年の疲労を多少なりとも取ってもらえたようです。まあ〜、よく寝ていたこと。カチカチに固まった肩こりも、ずいぶんやわらかくなって(今は戻ってしまったが)本人いわく「肩がなくなったみたい」。見た目にも、はれぼったい感じがしていた顔から、よけいな水分が抜けたようにすっきりして、受けてもらってよかったとつくづく。
 観光した中では象の孤児院とシーギリヤロックが印象的だったようです。
 ハプニング(実はお金が。。。)もあったし、想像以上に疲れてしまって予定をキャンセルしたり、スケジュールどおりには行かないところもあったけれど、自分で作った旅程だったので、臨機応変にアレンジできたのがよかった。

 今年は結局のところ、2度スリランカへ行ったけれど、一週間と10日間の旅行でした。来年は、もっと長く行くつもりです。正直、今年は、迷いの年でした。来年は、もっといい仕事をしようと思っています。

よいお年をお迎えください。
posted by 岩瀬幸代 at 13:11| Comment(0) | 日記のような | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月29日

●津波から2年

 お久しぶりです。例によって、すっかりブログをサボっていました。何をやっていたってわけじゃなく、どちらかといえば、無意味な日々を過ごしていました。
 12月26日、あの津波から2年がたちました。新聞にも関連情報がけっこう出ていたので、思い出した方は多かったのでは。今年は、私自身は二度スリランカへ行きました。いずれも観光客が訪れるような場所しか行っていないので、そうした場所は、素早い復興振りがうかがえたのですが、新聞などを読んでいるとやはり現実はまだまだ厳しいようですね。
 26日、ちょうど津波の第一波が来た午前9時25分にはスリランカ全土で2分間の黙祷が行われました。スリランカのテレビ局がインターネットで流しているニュース画像を見たら、車も人も、ぴたりと動きをやめて犠牲者を悼む様子が映し出されました。
 教会、寺院、モスクなどでは宗教的な追悼式典が行われたようですが、最も話題になっていたのは、ヒッカドゥワのペラリヤで行われた慰霊祭です。当時、このあたりで津波により列車が横転し、乗車していた人のほぼ全員がなくなりました。災害のひどかった地域の1つです。
 ここに、津波博物館ができる予定ですが、その博物館に隣接して、犠牲者を追悼する大仏が完成し、そのお披露目をかねた追悼式がここで行われたわけです。でもってこの大仏が、日本の本願寺維持財団が建立したものだというから驚きました。なんでもバーミヤン遺跡の大仏を模した鉄筋コンクリート製の立像(高さ18m)だそうですが、テレビ画像で見たときも、うわっ大きそう、という感じで、なんか品がない大きさだなあというのが個人的な印象です。それにしてもスリランカは、ほとんどの人がテーラワーダ仏教を信仰しているのに、なんで日本の浄土真宗の人たちが、どでかい仏像を建てるの?しかもなんで、バーミヤン遺跡を模さねばならないの?よく分かりません。元は1つですけど。。。来年行った時に見てきます。
posted by 岩瀬幸代 at 05:13| Comment(1) | スリランカ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする