2009年11月24日

●避難民解放でほっ。

 2〜3日前、少しほっとするニュースを読みました。

 スリランカ政府は21日、内戦が生んだ数十万人の国内避難民に対し、移動制限を12月1日以降解除し、来年1月末までにすべての国内避難民の再定住を完了させると発表したそうです。

 難民キャンプに収容されたタミル人の中にLTTEの残党が潜んでいる可能性があるとして、内戦終結から半年たっても避難民の移動を制限していたのでした。

 滞りなく、制限が解かれることを、そしてさらなる平和がやってくることを望みます。晴れ
posted by 岩瀬幸代 at 00:37| Comment(0) | スリランカの状況(終戦前) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月14日

●危険情報引き下げ

 外務省の渡航情報は、海外旅行をする前にチェックしておきたい項目ですよね。スリランカの内戦が続いている間は、私も時々見ていたのですが、終わって以来安心してしまい、あまりチェックしていませんでした。でも、今まで一度もスリランカへいったことがない人にとっては気になるはず。

 「外務省の発信する渡航情報において、11月11日付でスリランカの危険情報が引き下げられたため、北部を除き、安心してスリランカのほぼ全域を旅行していただけます」という案内が現地のスリランカ政府観光局より届きました。
 
 というわけで、いってらっしゃい〜飛行機
posted by 岩瀬幸代 at 14:05| Comment(0) | スリランカの状況(終戦前) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月22日

●内戦が終わって5ヶ月

スリランカの内戦が終結して約5ヶ月。LTTEの支配下にあった地域がどうなっているのか……数日前、日本のお坊さんが現地に行って撮影してきたキャンプ地の動画を見たが、行けども行けどもテントが建っていた。またネット上で見かけたニュースでは、キャンプ収容者25万人のうち16万人については、スクリーニングによってLTTEではないと分かったのに、いまだにその彼らが拘束されているという記事も読んだ。そして今日、応援友情プログラムに参加した方が手伝っている「スリランカの避難民支援のためのNPO活動」への協力を呼びかける手紙が届いた。別の団体だが,ちょうどネットには、現地から帰ってきたばかりの日本人医師のインタビュー記事が載っていた。こういう現実があると、単純にスリランカを好きだとばかりも言っていられない、という気がしてきてつらい。
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2007年12月28日

●津波から3年

 12月26日、あの大津波から3年が過ぎました。スリランカのニュース番組を見ていたら、津波が来た時間に2分間の黙祷が行われた全国各地の様子が映し出されていました。そして、3年前の惨事の様子も。私でさえ、当時の画像を見ていると、体の芯が寒くなるのだから、きっとこんな映像は見たくないよって人はけっこういるでしょうね。引き取り手のないミーラ化した遺体や、遺品も写って、ぎょっとしました。
 3年の間に被害にあった人たちへの救済はどのぐらい進んだのでしょう。現地の新聞、デイリーニュース紙の12月26日号には、こんな風に書かれていました。

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 2004年12月26日に起きた津波は、スリランカ国内で約4万人の死者を出し、家を失った人は100万人に上り、インドネシアに次ぐ被害の大きさでした。世界各国から11億3000万ドルの寄付を受け、スリランカ政府も10億ルピーを再建のためにつぎ込みました。
 この結果3年間で、再建計画はほぼ完成に近づいています。犠牲者の80%以上が定住しつつあり、ダメージを受けた建造物のほとんどが修復工事を終えました。
 まだ8865家族が58カ所の仮設のキャンプ地で暮らしていますが、2万1889軒の家が、急いで造られています。1軒の家に当てる建設費は、50万ルピーから70万ルピーに引き上げられました。

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 このあとも記事は続いているのですが、どうも前文と数字が合わない……なので、ここまで。まあ、とにかく復興は進んでいること、まだ苦しんでいる人はけっこういること、そして、北部と東部においてはやはり、復興が遅れていることは確かなようです。最近は津波のことより、内戦報道で、スリランカに行くことを踏みとどまっている人が多いはず。1日も早い解決が望まれます。
posted by 岩瀬幸代 at 15:10| Comment(1) | スリランカの状況(終戦前) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月12日

●結局45日間

 9月3日に、45日ぶりに日本に帰ってきました。予定では今回のスリランカ旅行は、一ヶ月で切り上げる予定でしたが、どうしても8月月末のキャンディペラヘラを見たくて、滞在を伸ばし、結果的に45日。
 珍しくホームシックになり、「日本に帰ってうなぎが食べたい〜」と思ったけれど、帰国間際には、後ろ髪を引かれ、帰ってきてみればスリランカに戻りたい気分で、結局今日はスリランカカレーを食べに出かける予定です。
 さてさて、皆さんが心配しているであろう治安ですが、個人的には、これといった問題もなく過ごしました。ただ、一度コロンボで、警備の警察官に止められ「中国人だろ!」と疑われて、いくら日本人だと説明しても信じてもらえずに、これは困りました。パスポートはあいにく携帯しておらず、日本人だと証明する手段が何もなかったのです。不法に滞在して、カジノで稼いでいる中国人と思われたみたい。結局、友人の助けを借りてなんとかなったけど、皆さんも、コロンボに出かける際はパスポートの携帯を忘れずに。コロンボからバスに乗ったときも、警備の人が乗り込んできて、IDを求められました。こうやって、しっかり警備してくれているからこそ、安全が守られているのだと実感。
 それにしても今回は、中国人に間違われることが多かった〜。以前は、買い物をしていたり、道を歩いたりしていると「ジャパニーズ?」とたいがいそのように聞かれたもんだが、今回はことごとく「チャイニーズ?」。私の顔は変わっていないので、中国人旅行者が来る機会が増えているのでしょう。
 日本人旅行者にはあまり会わないなあ、と思ったけれど、コロンボの日本橋レストランに食べに行ったら、大勢の日本人がいて、日本の空間と化していました。
 ああ、、、急に眠気が。ではまた。
posted by 岩瀬幸代 at 13:25| Comment(1) | スリランカの状況(終戦前) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月04日

●ピーストーク再開

 あまり嬉しくないニュースが続いているスリランカだが、昨夜入ってきたニュースは、久々に光明が見えた感じだった。今月末か来月頭にノルウエイで、政府とLTTEの和平に向けた話し合いが行われることになりそうだ。前進して〜。
posted by 岩瀬幸代 at 11:51| Comment(0) | スリランカの状況(終戦前) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月26日

●スリランカ・セミナー

 昨夜は久しぶりに寝やすい夜でしたね。目が覚めたらお昼を回っていたので、びっくり。疲れていたのだと、知らされました。

 スリランカの情勢は、ニュースを読んでいると相変わらず気が滅入るものが多いです。現大統領は、とても庶民派で、支持率が高いと聞いていますが、彼が去年の大統領選で敗れていたら、こんなことにはなっていなかったかも、、、と思ってしまいます。
 9月9日、「分離主義テロリズムに反対しましょう」というタイトルで、スリランカセミナーが行われるそうです。ゲストとして、ランジット・ウヤンゴダ駐日スリランカ大使、桜井新自民党参議院議員を招き、講師はスサンタ・ヘラス教授(G.R.ハーバーガービジネスカレッジ教授、米国セントクロード州大学教授)と、堀池尚哉アジアヴォックス代表取締役だそうです。私は、この日は奈良にいる予定なので、残念ながら出席できません。どなたか出席される方がいたら、どうぞ代わりに報告してくださいませ。
日時:9月9日 午後3時から午後7時まで
場所:早稲田大学学生会館・戸山キャンパス30号館 
   東京都新宿区戸山1-24-1
   Tel 03-32-3-6585
   東京メトロ東西線・早稲田駅下車徒歩3分
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2006年08月19日

●何千人もが参加した平和行進

 今月に入ってから、シンガポール(7月に続き2度目)、上海と出張が続き、あまり日本にいませんでした。しばらく、飛行機には乗りたくないです。帰国後、不在中の出来事をネット上の新聞で読んでいると、目を覆いたくなる出来事ばかり。スリランカはいったいどうなっちゃうんでしょう……私にはまったく先が見通せません。海岸沿いの知り合いのホテルに電話をすると「北部および東部で起きていることだから」と言うし、確かにそうだとは思うけれど。。。
 昨日、sirasaTV(スリランカの民放局)を見ていたら、市民が反戦のための平和行進を行ったというニュースが出ていて、こういうみんなの熱い思いが、政府とLTTEに届かないものだろうかと、心を動かされました。何千人もの群集が行進している姿が画面に映し出され、もう内戦なんてこりごりだ!という気持ちが伝わってきて身震いがしました。行進の後、ヴィハーラ・マハデーウィ公園で大集会が行われたそうです。民衆の力が、平和を後押しすることを信じたいです。
posted by 岩瀬幸代 at 11:12| Comment(0) | スリランカの状況(終戦前) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月26日

●アムルトさんからゴール県についての報告

 前回のブログで、アムルトジャパンの実施するスタディーツアーについてお知らせしました。担当の方は、6月末にスリランカに行ってらしたそうです。その時の状況についてメールで伺ったところ、活動地域のゴール県(スリランカ南部)について、レポートを頂戴しました。というのも、彼らのホームページには

「スマトラ沖地震の津波被害から約1年半過ぎた今でも、スリランカ南部のゴール県では多くの人々が仮設住宅やテント、半壊した家で生活を送っています。なぜ自宅を持つ事ができないのか?」

 と書かれており、私自身が3月末に見聞きしてきたスリランカの復興状況と、かなりの差があるように感じたため、質問メールを送ったのです。せっかくお返事をいただいたので、了解をもらい、このブログにコピペすることにしました。ということで、以下、アムルトさんからの報告です。


           *********

 地域によって復興の速度は違うようで、ゴール県の中でも差があるようです。津波被害直後から考えると、かなり早い速度で復旧は進んでいるとは思います。

 たとえばゴール県のお隣のマータラ県では、すでに3000棟の住宅を支給し、現在3000棟を建設しているとのことでした(マータラ県知事の話)。マータラの被害状況(家屋全壊が約2200軒)を鑑みると、家屋が全壊した人々全てに家が支給されたことになります。マータラは大統領の出身地であることから、迅速な支援活動が行われたことと、ゴールに比べて沿岸線が短いため復興に要する時間が短く済んだなど色々な要因があるようです。

 アムルトの活動地域、ゴール県のGalle FourGravets地域ですが、もともと貧困層だった人々にとって自宅再建はかなり大変なことのようですし、沿岸から100m以内には家をたてることを禁止した政府の規制も影響し、自宅再建が思うように進まない状況とのことでした。アムルトの仮設住宅は現在も人々が住み、生活をしています。もちろん政府の提供する土地に海外のNGOなどの支援を受けて自宅建設まで漕ぎ着けた人々もいますが、割合はまだ低いです。Dadalla地区では、中国のNGOが支援する住宅建設なども行われていましたが、まだ建設中でその詳細を知ることができませんでした。(誰が入れるのか、何家族が住めるのかなど)

 そしてTelawattaからアムルトのオフィスのあるMahamodaraまでの途中、道路脇の一角にテント生活をしている人々を見ました。また、半壊した家で生活している人々も見かけました。半壊した家に住む人々は、沿岸100m以内なので政府から支援金がもらえないという話も耳にしました。住み慣れた土地を離れたくないために、そのままの状態で生活しているので
はないかと思います。

残念ながら、ゴール県のアムルトの活動エリアでは、6月中に全ての人々に家が支給されるという状況ではありませんでした。

私たちも他のNGOの状況などを調査する時間もなかったため、調査がアムルトの活動地域の一部と限られてしまいましたが、6月末日の活動地域における状況は上記の通りでした。
posted by 岩瀬幸代 at 01:27| Comment(0) | スリランカの状況(終戦前) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月27日

●非暴力平和隊講演会

 スリランカ友の会から講演会のお知らせです。2003年9月末〜2005年10月まで、紛争解決のためにスリランカで活動していた大島みどりさんという方が下記のとおり、講演を行うそうです。私は今回初めて知ったのですが、非暴力平和隊(Nonviolent Peaceforce)というNGOがあるそうで、その一員としてスリランカで活動されていたそうです。帰国されたのが2005年末なので、最新情報を聞けるわけではないかもしれませんが、私自身は講演会に行ってみようかと思っています。
@テーマ:スリランカ内戦問題「現場からの証言」
@7月1日(土)15時〜17時
 日本キリスト教団王子協会2階礼拝堂
 東京都北区王子本町1−19−2
@7月2日(日)18時〜21時
 新宿消費センター(高田の馬場駅そば)4階第2会議場
 東京都新宿区高田馬場4−10−2
@参加費 300円
posted by 岩瀬幸代 at 01:18| Comment(0) | スリランカの状況(終戦前) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする