2011年03月23日

●考え直すきっかけに・・・

 一昨日、スリランカより戻りました。

 バスで家路につき、高速を通って帰ってきました。車の数の少なさと、ネオンサインのない町に、被災した日本を感じたけれど、逆に、本当に用事のある車だけが走ると、こんなにも道はがらがらになるのか、と思い、ネオンサインのない町は、それはそれでいいのではないかという気がしました。

 昨日は、仕事で都内に電車で出かけました。車内では空調がないことを詫びていたけれど、言われるまで空調がないことには気付かず、止まったままの駅のエスカレーターは、階段を上ればいいだけのことで不便さもなく・・・

 結局のところ、思うのは、、、

 これをいいきっかけとして、私たちの生活からあらゆる無駄を省き、もっとシンプルな生活に戻ることはできないのだろうか?ということ。

 なぜこんな大災害が起きたのか。自然は猛威を振るって、我々に何を訴えようとしたのか・・・

 自然を破壊し続ける、無駄だらけの社会構造を見つめなおし、今後、社会全体のシステムを改めていくことはできないのでしょうか?

 災害として終わらせず、新たな始まりにならないものかと、思うのです。 
posted by 岩瀬幸代 at 14:16| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記のような | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月14日

●津波・・・スリランカ

こんばんは。

地震から3日目の夜、皆さんはどう過ごしていらっしゃるのでしょう?こんな夜更かしをせずに早く寝て、少しでも電力の節減に協力すべきですね。。。数少ない自分ができることの一つです。

日に日に災害の実態が明らかになり、繰り返し放映される津波の様子や、「おかあさ〜ん」と叫ぶ子供の声、増えていく被災者の数・・・地震が起きたそのときは、まさかここまで甚大な被害になるとは思いませんでした。

2004年、インド洋津波が起きてスリランカの実態を把握するために、インターネットで必死に英語のサイトを読み、日に日に被害の実態が明らかになるにつれ、悲しくていてもたってもいられなくなったときのことを思い出さないわけにはいきません。

まさかあの時に匹敵する規模のマグニチュード9.0という地震と津波が日本で起きることになるなんて。。。

スリランカの友人たちからは、返事を書くのが大変なほど、たくさんのメールをもらいました。

ありがたいことです。私を心配し、そして日本のことをとても心配してくれています。津波の恐ろしさ、その強大な破壊力、そしてその後の悲しみは誰よりもよく知っている彼らです。

私は、地震の翌日の土曜(12日)からスリランカへ行く予定でした。ちょうど荷詰めをしている時に大きな揺れが来て、上から落ちてきた本、押入れから飛び出してきた鍋、畳に散らばった化粧品・・・そして、荷詰めのために出した洋服・・・いろんなものでごった返す部屋の中で、余震に怯えつつ、荷詰めをするという、矛盾を感じる状況で、パッキングを終え、翌日の出発に備えたのです。

いったいどうすれば空港にたどり着けるのかと思いながらも、折り返し運転をする京成線の鈍行を乗り継ぎ、家から5時間半かけて空港に着いたものの、間に合いませんでした。

乗れなかったんです。

他社便の欠航や遅延が相次ぐ中、スリランカ航空はほとんど遅延なし(一応30分遅れたけど)で飛び、私と編集者は、ただただ疲れて、再び家路に着いたのでした。

結局、スリランカ航空の現地の予約センターに電話をして、チケットの変更をお願いし、明日月曜日から行くことになりました。

地球の歩き方の改訂版の仕事です。日本で災害が起きても、これが私の仕事です。。。

旅立つことは決めたものの日本の余震が心配で、計画停電もどうなることかと心配です。。。

この間まで、日本よりずっと不安定だったスリランカへ今行くことが、日本にいるより安全だという事実。。。

一週間だけ滞在して、気になる場所を片っ端から取材し、そして21日に日本に戻り、また4月の始め頃から行く予定です。

日本にいるみんな、どうか気をつけていて。。。

戦後最大の未曾有の災害を、日本人の一人として、できることをやりながらみんなと乗り切り、やっぱり日本人はすごいと誇りに思えるように私もがんばりたい。。。

被災された方々に心よりお見舞い申し上げます。

合掌
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2011年02月04日

●お坊さんからのうれしい感想

 スリランカはテーラワーダ仏教(南伝仏教)の国だが、私の家は浄土真宗である。

 なので、私がテーラワーダに興味を持とうがどうしようが、家の仏事はすべて浄土真宗。

 2週間ぐらい前、祖父の法事を家でやったときに、お経を上げに来てくれたお坊さんは、なかなか気さくな方で、お話も楽しいし、知らないこともいろいろ教えてくれる方だった。

 「どんな仕事をしているのか」というような話になり、『スリランカで、ほっ。』の話をすると「そういう本なら、ぜひ読まなくちゃ」と言ってくださるので、お渡しした。

 後日、感想を書いて送ってくださるというので、楽しみにしていたら、まず3章まで読みましたというところで、葉書を送ってくださった。

 しばらく、自分にとっての宝物になりそうな素敵な内容だった。

 なんでもご自身にとってはとても珍しく、丁寧に読んでいるため、連絡をするのが遅れてしまっており、まだ3章目までしか読んでいないというのである。

 で、いただいた内容をそのまま書くわけにもいかないので、一番うれしかった部分を抜き出すと「まず驚き、次に感心し、共感し、勉強になり、やっぱり現地に行かないと分からないものだなと・・・、ああ、スリランカに私も行ってみたくなりました。いや、実に楽しい、読み応えのある本をお書きになってくださいましたね・・・」

 この後、全部読んだところで、改めて感想を下さるそうである。楽しみ。

 仏教を深く知っている方に楽しんで読んでいただけるなんて、本当に光栄である。そして、私にとっては自信にもなった晴れ
posted by 岩瀬幸代 at 00:30| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記のような | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月27日

●ソーシャル・ネットワークを見て考えた・・・

フェイスブックに一応登録してはいるものの、何が楽しいのかイマイチ分からなかったのだが、映画「ソーシャル・ネットワーク」を見て、もともとは大学生の交流サイトだったのかと知り、ようやく本質的な部分がつかめた。

 映画を見て感じたことは、要するに彼女に振られた腹いせで作り始めたSNSであり、やたら頭は切れるが社会性と常識に欠けている(と思われる)大学生が作ったサイトに、なぜこうも翻弄されなければいけないのか、という現代への腹立たしさだった。

 人を傷つけるかどうかとか、道徳的かどうかとか、彼らにとってそういう意識は希薄であり、互いに気持ちのよい社会生活を営むうえで、当たり前と思っていた規範を気にしていない。

 現実の社会では、そういう人は疎まれるはずなのに、ネットの世界では、すごいシステムを構築したともてはやされる。結果的に、現実社会で生きている私たちは、話題性に振り回されて、無法者が作ったシステムを理解したり、使いこなしたりするために時間を割いている・・・ように感じてしまう映画だった。


 彼らは社会に変化をもたらすことに、誇りを感じているようだけれど、それは必ずしもいいことばかりではないはずなのに。。。

 それとも、ネットを使いこなせていない私が、その良さを理解していないだけのことなのか?

 とにかく「ソーシャル・ネットワーク」は、いろんなことを考えさせられる映画だった。

 嫌いだろうが、苦手だろうが、ネットを無視するわけにはいかない状況であり、こういうよく分からなくなってしまった社会の中で、私には何ができるのだろうか?なんてことも考えた。

 私たちが感じている閉塞感は、経済的なことだけが理由ではないはず。相手の顔が見えない中で、さまざまなことが動いていることに、私は時々戸惑う。個人情報保護法に過敏に反応する社会なのに、ネット上ではプライバシーを見せていることに矛盾も感じる。

 とにかく「ソーシャル・ネットワーク」は、いろんなことを考えさせられる映画だった。

 嫌いだろうが、苦手だろうが、ネットを無視するわけにはいかない状況であり、こういうよく分からなくなってしまった社会の中で、私には何ができるのだろうか?なんてことも考えた。

 こんな時代だからこそ、できるだけ体温のあるものを伝えていきたい、と思うのです。旅、スリランカ、アーユルヴェーダ、自分の核になっているものを通して、じわじわと。。。
posted by 岩瀬幸代 at 01:22| Comment(5) | TrackBack(0) | 日記のような | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月31日

●スリランカを通じて伝える思い

あと数時間で今年も終わり。

私にとって、今年一番の出来事は「スリランカで、ほっ。〜仏教は心のアーユルヴェーダ」を出版できたぴかぴか(新しい)ことでした。スリランカの仏教はアーユルヴェーダと深いつながりがあり、それこそが、インドのアーユルヴェーダとの大きな違いなわけですが、ではその仏教とはどういうものなのか、少しでも理解したい、という思いが本を書く(取材を始めた)きっかけのひとつでした。

毎日寺を訪ね、お坊さんと話をしていた旅の間は、さまざまなことを考えさせられました。ブッダの教えや、お寺を中心としたスリランカの暮らし方はもちろん、今の私たちの生活は、ごみだらけなのではないか、という思いをお坊さんにぶつけたり、嫉妬や怒りや、そんないやな感情から離れられるような精神的な自由を手に入れたいと、まっさらな気持ちで自分と向き合ってみたり、さまざまな思いをぶつけた経験をまとめた本が「スリランカで、ほっ。」です。

読んでくれた人が、それぞれに、何かを考えるきっかけになってくれたらうれしいです。

旅はいつもいろんなことを教えてくれます。既成概念を取り払い、自分なりの思考を養ってくれます。それが今まで私をずいぶん成長させてくれたからこそ、海外を旅するのが好きです。

最近は、スリランカばかりで、ほかの国へ行く機会が減ってしまったけれど、スリランカを旅しながら考えさせられ、教えられることは多く、だからこそ飽きずに訪ね続けているのでしょう。

来年も、この旅は続きそうです。ますます濃い付き合いになりそうな気配。年はとっても、まだまだ未熟者です。皆に支えられながら、旅を通して、少しでも成長していけたらうれしい。来年もたくさんの人との出会いがありますように。

どうぞ、来年もよろしくお願いします。
皆さんにとって2011年が、幸せな年でありますようにハートたち(複数ハート)

岩瀬幸代

posted by 岩瀬幸代 at 21:29| Comment(0) | 日記のような | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

●セレンディップの三人の王子たち

私にとっての今年最後の読書は「セレンディップの三人の王子たち」となりました。

この間、ブログにセレンディピティの意味を書いたあと、しかし、そうはいっても語源となった童話をちゃんと読んでいないというのは、失礼パンチな話では・・・、読まねば、と思ったわけです。

物語は、セレンディップ(アヌラーダプラ時代のスリランカ)に住む3人の王子が、いわば人生修行のために、ベーラムの国(ペルシャ。今のイランあたり)へ旅に出る話です。偶然出会った事件を、彼らの知恵を生かして解決していくストーリー。

原著はペルシア語で書かれ、それがイタリア語に訳されてベニスで出版され、その後ヨーロッパのいろいろな国の言葉に翻訳されますが、セレンディピティという言葉を編み出したイギリス人のホリス・ウォルポールが読んだのは、フランス語版だそうです。これを忠実に英訳したのが、ロンドンの出版社ウイリアム・チェットウッドから出版されたもので、、、、、(なんだか長い話で恐縮ですたらーっ(汗))それを日本語訳したのが、「セレンディップの三人の王子たち」(偕成社文庫)なんだそうです。

同じようなタイトルで、日本語訳にした本が、ほかにも2冊出版されていますが、語源となった本を訳したのは、この偕成社文庫の本だということが、最後の解説ページに書かれていました。

ほかの本を読むと、偕成社のものとは少しストーリーが違います。

で、前置きが長くなりましたが、何を伝えたかったかといえば、「セレンディピティ」の正しい意味。先日のブログで「偶然に、大事なものを発見する能力」というような説明を書いてしまったのですが、本の解説文によると「偶然と才気によって、探していないものを発見すること」なのだそうですパンチ。失礼しました。

もともと、既成の一語では説明のつかない事柄を表現するために、ウォルポールは「セレンディピティ」という造語を生み出したのですから、それを理解するのも、若干たいへんふらふら・・・・本当の意味を肌で理解するには、ウォルポールがはじめてこの言葉を使った手紙を全部読んでみないことには無理そうです。
posted by 岩瀬幸代 at 12:28| Comment(0) | 日記のような | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月27日

●サンタクロースと湯飲み茶碗

 クリスマスクリスマスの「ほっ話」をひとつ。

 小学4年のわが甥っ子犬は、今もサンタクロースを信じているかわいいやつです。どうも、クラスの半分ぐらいがサンタ説を信じる派で、半分は現実を直視しているらしいですが、何しろ甥っ子は信じている・・・ところがそんな彼の枕元に、25日の朝、プレゼントが届いていなかったから、さあたいへん。去年まで来たはずのサンタが今年来ないのはなぜ目??

 彼が導き出した解答は「サンタを迎える準備が足りなかったからに違いないひらめき」という反省でした。今年は手抜きをして、部屋の飾りもそこそこだったのです。そこで、急いで箱からすべての飾りを取り出して、部屋をツリーやら何やらで飾り立てクリスマス、さらに極めつけは、サンタクロースへのお礼というか、物々交換の品ぴかぴか(新しい)を用意したことでした。

 なんと彼のベッドへ行ってみると目、枕元には、大きな靴下じゃなくて、紙袋に入ったリンゴと湯飲み茶碗が5つ置いてあるじゃないですか。。。

 「湯、湯飲み?・・・」リンゴはまだいいとして(?)「なんで湯飲み茶碗?」。聞けば、先日、学校のバザーにおいて、100円で20脚セットの湯飲み茶碗を購入するという超お買い得なチャンスに恵まれたそうで手(チョキ) そのうちの5脚をサンタクロース様に分けてあげることにしたと…。

 そもそも小学4年の男の子が、湯飲み茶碗をバザーで購入するという行為がすでに私の笑いのつぼにビンゴパンチで、それを、全てではなく、5脚だけ分けてあげるあたりも、なんともキュートで、話しているうちに私の顔はゆがみ、声を出して笑いそうに・・・しかし甥っ子の照れ臭そうな横顔を見て、「5脚じゃ足りないかも」とマジ顔でいったのでした。

 ん〜。彼っていけてるるんるん もちろん甥っ子は、26日の朝めでたくサンタからのプレゼントをゲットしたのでした。
posted by 岩瀬幸代 at 18:38| Comment(2) | 日記のような | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月21日

●言葉より気持ち

「ブログを書いてください」というとてもうれしいコメントが、今日、入っていました。はい、マジでこういうコメントはうれしいですもうやだ〜(悲しい顔)

 この土・日こそ、スリランカ旅友倶楽部第一弾の旅の様子をアップしようと思っていたのに、泣きたくなるふらふら仕事が舞い込んで・・・というか、編集者としてかかわっているとある仕事が本当は先週中ごろには終わっている予定だったのに、原稿をお願いしていた方から原稿が上がってこず、土曜日にようやく送られてきたものの・・・。仕方なく自分で原稿を書き、週末はなくなりました・・・。週末がなくなったことより、全くうまく意思の疎通が図れなかったことが悲しかったです右斜め下

 時々思うけど、たとえば言葉がうまく通じない海外の人と意思の疎通がうまく図れるときがあるのに揺れるハート同じ日本語で暮らしている人と、心が通わないことがある・・・本当に大事なのは言葉じゃないんだってつくづく思います。

 うれしかった話もひとつグッド(上向き矢印)・・・金曜日には、古くからの知人が私の二冊目の本「スリランカで、ほっ。〜仏教は心のアーユルヴェーダ」の出版を記念して、お祝い会を開いてくれました。長くお付き合いさせていただいている旅行関係、健康関係などの編集、ライターの仕事をしている人たちが中心に集まってくれて、アットホームで、笑いのたくさんあるわーい(嬉しい顔)会になりました。そういう会は苦手だから、と当初は拒否していた私に「そんなこといわずにやりましょう!」といってくれて、労を惜しまずにみんなに声をかけ、お店とやり取りをし、パーティーの内容イベントを考え、なおかつ司会まで勤めてくれたFさんには本当に感謝です。年末進行の忙しい中集まってくれたみんなの気持ち黒ハートも大事にしたいと思ったのでした。
posted by 岩瀬幸代 at 22:31| Comment(2) | 日記のような | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月09日

●月曜日からスリランカ

肌寒い土曜日雨、皆さんはどんな風に過ごしているのでしょう?私は、当初、今日からスリランカへ飛行機行く予定でしたが、仕事が終わらず、月曜日に伸ばしました。迷惑をかけている編集者のIさんには、頭が上がらない状況ふらふらお土産買ってこなくちゃ。

 まだ原稿、終わってないのにブログ書いていていいんでしょうかあせあせ(飛び散る汗)?でも気分転換です。

 今回は1ヶ月新月やや欠け月半月三日月満月滞在するつもり。1ヶ月も?と思うかもしれないけれど、これがけっこうあっという間です。何しろ日本みたいに、一日にいくつもの用事をこなすことができないので、あれもこれもと思っていても、そうそううまくいかなかったりしますパンチ

 とにかく前半は、女子かわいい14人の旅!団体旅行は苦手だとか初めてだとか、そんな女子の集まりなので、いったいどうなることかと今から楽しみです(笑)うまい具合に、象サファリでは象さんたちが出てきてくれるでしょうか?グッド(上向き矢印) シギリヤロック、ポロンナルワ、仏歯寺、ティーファクトリー、象の孤児院、アーユルヴェーダ……るんるんみんなはスリランカの何を好きになってくれるのか?案内役になるより、一緒に楽しんできたいと思います。

 そして後半は、久々にどっぷりいい気分(温泉)アーユルヴェーダを受けてきます。行く度に数日は受けているのですが、シロダーラはずっとやっていないんです。長期でアーユルヴェーダを受ける機会がなかったので、いつも全身オイルマッサージのアヴィヤンガ止まり。今回こそは!久々に体のメインテナンスグッド(上向き矢印)をしてきます。

 そしてできれば、次のステップに向けて取材もしたい。やりたいテーマひらめきはいくつもあって、いずれまた皆さんに本本を読んでもらえる日が来るように、少しずつためていくつもりです。でもそれよりまず、『スリランカで、ほっ。』これをたくさんの方々に読んで本いただきたい。

 前作『緑の島スリランカのアーユルヴェーダ』の時は、反応が薄かった上の世代の方々からも好評右斜め上を得ているのですが、パソコンをお持ちではない方も多く、手書きの感想文を送ってくださる方もいます。そういう方にお願いするのは無理なので、どうか、パソコンをお持ちの皆さん、本を読んで面白いと思ったら、アマゾンのカスタマーレビューに感想をお寄せくださいませ。よろしくお願いします。 
posted by 岩瀬幸代 at 13:56| Comment(4) | 日記のような | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月28日

●天然酵母でパンを焼くお坊さん

 新刊『スリランカで、ほっ。』るんるんの中には、変わった社会活動をしているお坊さんの話がいくつか出てきます。日本にも、独自の活動をしているお坊さんはもちろんいます。私が直接知っているのは、奈良県の真言宗磐余山東光寺に暮らす山内宥厳住職。

 楽健法といって、二人一組になって、互いの体を足で踏みあう独自のマッサージ(別名二人ヨーガ)を普及させるために、教室を開いて教えたり、天然酵母パンを焼いて全国に発送したり、1人芝居の舞台を演じて戦争の悲惨さを訴えたり、さまざまな活動をしています。

 楽健法で体を踏んでもらうと、体の中がすっきりした感覚が残り、滞っていた流れがスムースになる、そんな気持ちよさを味わえます犬。私も一時期やり方を教えてもらっていたのですが、踏んでもらうのは気持ちよくても、どうも踏むのが苦手で・・・。でもあれを覚えて家族でお互いに踏みあったりできれば、とても平和です。何しろ、全身踏んじゃうわけですから目

 それから天然酵母パン。今はいろんなところで天然酵母パンが手に入るようになりましたが、40年ぐらい前から天然酵母パンを作るには、どうしたらいいかという研究を重ね、作り方を独自に編み出したのです。すごいですよね〜。これを食べ続け、酵素風呂に入り、そして、持病であった喘息を治したパンチという和尚さんです。


パン.jpg お寺は小さな山の上にあって、登っていくと、私はぜ〜ぜ〜息を切らしてしまうのに、ゆうげん先生は、すたすたすたっダッシュ(走り出すさま)と登っていきます。それもこれも、楽健法と天然酵母パンの効果なのでしょう。

 先日私の新刊を送ったところ、代わりに「楽健寺酵母でパンを焼く」(農文協)を送ってくださいました。パン作りが好きな方、しかも食べるなら体にいいパン!と思っている人にお勧めの本です。お求めの方は、アマゾンへGO!
posted by 岩瀬幸代 at 10:12| Comment(0) | 日記のような | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする