2010年06月28日

●スリランカへの旅行者は増えているけど

 「応援友情プログラム」に参加された懐かしい方から、昨日メールをいただきましたわーい(嬉しい顔) 私がブログに書いたアーユルヴェーダ旅行をご覧になり、津波の後のボランティアツアーを懐かしく思い出したという内容でした。

 私も、アーユルヴェーダ旅行のことをブログにアップしながらみんなで行ったボランティアツアーのことを思い出していました。あのときのあの情熱はいったいどこから沸いてきたのだろうか・・・といまさらながらに考えます。

 もちろん、テレビで見る惨状が胸を打ち、いても立ってもいられない気持ちになり、お金じゃない何かをしたいという強い気持ちが働いたのだけれど、最初は旅行会社に掛け合って、ツアーを作ってください、とお願いしたのです。でも、ぜんぜん取り合ってもらえなかった・・・。長年旅行業界誌に記事を書いていた私としては、取り合ってもらえなかったからこそ、出てきたエネルギーみたいなものもあのツアーを作る後押しになったことは確か。

 今、スリランカは内戦が終わって一年。ようやくスリランカをみんなに知ってもらえる状況が訪れたのに、日本じゃその割りに盛り上がらないバッド(下向き矢印)・・・。ひとつの大きな理由は、日本にスリランカ観光局がないから・・・そんな歯がゆさも、またみんなと旅行をしてみたいと思った理由かもしれません。
posted by 岩瀬幸代 at 19:22| Comment(4) | スリランカ応援友情プログラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月02日

●サルボダヤの会報告

 前々回のブログで紹介した伊東明子さんの「スリランカ・サルボダヤの説明会」が、無事に終了したとお便りをもらいました。応援友情プログラム第二弾参加者で大阪にお住まいの、もうりさんが会に来てくださったとのこと。とても楽しい再会になったようです。二回目は、一回目に参加できなかった方も行けるといいですね。。と思っていたら、二回目はもうすぐ。
6月9日(月)19:00〜
今回は会員さん手作りの美味しいカレー3種類付きだそうですよ〜!!会費1000円!お時間のある方はぜひ行ってみてください。
この会のブログなどは、まだ作成していないということで、代わりに伊東明子さんのブログに、詳細など書き込みがあるので、ご興味のある方はそちらへ。懐かしい、「スリランカ応援友情プログラム」についての当時の書き込みもあるというので私も古い記録を拝見しました。いやはや、その頃の感情がわきあがってきた。第二弾にもしあの厄介なカメラマン(今だからいうが週刊新潮)が参加しなかったら、あのあと第三弾の応援友情プログラムも積極的にやっていたかもしれませんね。あれはつらかった。。マスコミがとことん嫌になった出来事でもありました。。。
posted by 岩瀬幸代 at 12:34| Comment(1) | スリランカ応援友情プログラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月05日

●サルボダヤを応援しよう!

 さてさて、あの歴史的ツアー(?)「スリランカ応援友情プログラム」から3年。3年たっても、時々参加した人からメールをもらったり、第一弾に参加した若者たちが時々集まって、友情を深めている様子を知るのは、本当にうれしいことです。しかし残念ながら、第二弾に参加した人たちが集まったという話をあまり聞くことがないし、連絡を下さる方も限られていて…。
 と思っていたら、久しぶりに、第二弾に参加した伊東さんから連絡をもらいました。以前から所属している大阪の(社)アジア協会アジア友の会にスリランカの支援グループが立ち上がったそうで、サルボダヤを支援する活動をするそうです。詳しくは、以下に伊東さんからのメールを添付するので、まずは読んでみてくださいな。
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 アーユボワン。こんにちは。私は応援ツアーの第2弾に参加した伊東明子と申します。大阪に住んでいます。 あれから、皆さまいかがお過ごしでしょうか?私は、ひょんなことから、大阪にてスリランカの支援に携わることになりました。ぜひとも、応援ツアーに参加された、特に関西圏の方、いらっしゃいましたら、ぜひ一緒にスリランカを学んでいきませんか?
 私たちがやろうとしている支援とは、スリランカの社会(主として農村)開発に多大な成果をあげている、JAFS提携団体「サルボダヤ」の農村開発部門CCBU(Communitiy Capacity Building Unit)の働きを支援していきます。その会として「スリランカ・サルボダヤ友の会」を4月に立ち上げました。スリランカへの理解を深め、サルボダヤの行う、人々の自立を目指した活動の支援の輪を広げていきます。 まずは、このサルボダヤについて勉強会などを始めていきます。思い出話もしながら、進めていきたいと思いますのでぜひお越しいただければと思います。
日程:5月19日(月)18:30〜
場所:(社)アジア協会アジア友の会(JAFS)会議室
*無料です。久しぶりにスリランカについて語り合いませんか? 皆様のお越しをおまちしております。事前の連絡は不要です。お問い合わせ・質問などは
連絡先:(社)アジア協会アジア友の会 
    スリランカ・サルボダヤ友の会 事務局 
    電話 06-6444-0587 岡本まで。

★参考:サルボダヤについて
 スリランカにおけるサルボダヤ運動 「サルボダヤ」とは、「全ての目覚め」という意味ですが、「サルボダヤ シュラマダーナ(労働の分かち合いを通しての全ての目覚め)」といいます。知識、時間、経験、富、こういったもののすべてを分かち合うことを指します。分かち合いの精神が活動の基礎になっています。 サルボダヤは、スリランカ中に広範なネットワークを持つ、国内最大のNGOです。特に、農村開発、チャイルドケア、公衆衛生の分野に実績が多く、今後も、国内で必要とされている地域の若者と協力し、労働を通した分かち合いを続けて、現存する紛争の和解や経済的バランスへの働きかけをしていきます。

伊東明子(大阪府枚方市在住)
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 というわけで、応援友情プログラムに参加した人もしていない人も、大阪にお住まいでスリランカに興味をお持ちの皆さん、ぜひ、参加してみてはいかがでしょう?サルボダヤについては、私自身も以前から関心があり、東京でやってくれるなら間違いなく参加しています。お金や物で彼らを支援するのも1つの方法ではありますが、技術を教えて自立を促すサルボダヤの考え方には、とても共鳴できます。
 こうして、またスリランカをキーワードにつながりがもてるのは、本当に素敵なことですね。
posted by 岩瀬幸代 at 14:35| Comment(0) | スリランカ応援友情プログラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月27日

●子供たちを支援する画集

昨年暮れ、友情プログラム第二弾に参加した大垣内さんからの連絡で、伊丹市でスリランカ寺院を営むニャーナー・ランカーラさんというお坊さんの作った絵本についてお知らせしましたが、その本が発行になったそうです。写真を撮って送ってくださってので、このブログにも掲載します。

スリランカ津波画集[1]...jpg


画集タイトルは「悲しまないで 立ち上がろう!」。以下、大垣内さんからのメールのコピペです。「A5版のため絵は小さめですが、マンヒンダ・ラジャパクサ大統領の感謝の言葉も記載されています。画集の収益金はスリランカの復興支援、若者の職業訓練、孤児の育英資金等に使われるそうです。津波の絵の後には、津波の1年後、2006年に復興の様子を描いた子供達の絵も載っています。スリランカへは2度行きましたが、一般の人との交流はありませんでした。このため、スリランカ人の日常の暮らしぶりは知りませんでしたが、漁業や農作業の様子、たこ揚げやボール遊びをしている子供達の様子がよく分かり興味深く眺めています」。1冊1000円+送料180円。購入希望の方は、大垣内宏さんあてに、とりあえずメールoogaito@lime.ocn.ne.jpを送ってくださいませ。
posted by 岩瀬幸代 at 03:23| Comment(0) | スリランカ応援友情プログラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月28日

●一年後の学校の様子D

先日のレポートの中に書いた、建築中の新しい校舎。
新校舎

そしてここが、昨年はテント村になっていた場所!今はこんなふうにキレイさっぱり。生徒たちの運動場になっていました。
テント村の今
posted by 岩瀬幸代 at 01:06| Comment(0) | スリランカ応援友情プログラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

●一年後の学校の様子C

今日も引き続き、3月に学校を再訪したときの写真です。今回は第二弾の人たちと一緒に行った学校。これはペンキ塗りをした校舎の中。
校舎内

元気な子供たちの笑顔。
子供たち
posted by 岩瀬幸代 at 01:01| Comment(0) | スリランカ応援友情プログラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月27日

●一年後の学校の様子B


千羽鶴(左)千羽鶴!が飾ってありました。この部屋はお昼ご飯を食べた時に使った部屋。(下)で、これが、先日のレポートの中に書いた子供たちの絵。私たちが持っていったクレヨンやペンを使って書いてくれたそうです。
お絵かき
posted by 岩瀬幸代 at 00:19| Comment(0) | TrackBack(0) | スリランカ応援友情プログラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

●一年後の学校の様子A


われわれの写真先日の写真の続きです(第一弾の人たちといった学校で撮影)。去年私たちが訪ねたときの写真を、こんなふうにまとめて、しばらく校内に貼っておいてくれたそうです。

posted by 岩瀬幸代 at 00:08| Comment(0) | TrackBack(0) | スリランカ応援友情プログラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月24日

●一年後の学校の様子@

友情プログラムの第一弾に参加した青木大介君の助けにより、写真のデータを縮小することができました。ありがとー。というわけで、3月に再訪した学校の写真を皆さんにようやく見てもらうことができます。やったー。とりあえず、第一弾の人と一緒に行った学校です。。。。。。。って、一気にバ〜ンと写真を何枚も載せようと思ったのですが、なぜかレイアウトがうまくいきません。というわけで、一枚ずつ紹介していきます。
 ペンキを塗った校舎、もちろん覚えていますよね?キレイなもんです。内側の階段の壁は子供たちの手垢でうす汚れてしまったところもあるけれど、教室の中や外観は、ほとんど私たちが塗ったときのままですよ〜。

校舎

posted by 岩瀬幸代 at 00:32| Comment(0) | TrackBack(0) | スリランカ応援友情プログラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月22日

●遅くなりましたが3月のスリランカレポート

 んでもって、しつこいようですが長らくブログを休んでいた最大の理由は、3月末にスリランカに行ったときの写真を何枚かブログに載せたいのだけれど、データが大きすぎて、ブログにはそのまま貼り付けられず、さりとてどうすればデータを小さくできるのかわからず。。。という私の無知が理由です。そして、いまだわからず、結局また文字だらけのレポートで。。。お恥ずかしい。

 3月末にスリランカへ行った時の、目的の1つは、昨年スリランカ応援友情プログラムで訪ねた学校を再訪することでした。いつかは行ってみたいと思っていたけれど、行こう!と強く決意したのは、友情プログラムのことを『あなたにもできる災害ボランティア』(岩波ジュニア新書)という本の一部で紹介してくれたスベンドリニ・カクチさんが、昨年取材のためにスリランカを訪れ、学校を訪ねたときの感想を私にこう伝えたからです。「学校へ行ってみたけれど、岩瀬さんたちが塗った壁はそんなにきれいじゃなかったし、その後、誰も来ていない、と学校の人が言ってました」。彼女が、繊細な日本語の使い方には不慣れなこともあって、ずいぶんストレートに感想を伝えられ、これを果たしてブログに書くべきかどうかと、ちょっと迷いました。でも、自分で見て来なければ話にならない、それからみんなに様子を伝えよう、と思ったのでした。それもまた、私に課せられた役目のような気がしたので。

 学校を訪ねる前日、現地でたまたまスリランカ航空に用事があったため、話のついでに、「去年訪ねた学校を取材しに行ったカクチさんから○○な報告を受けたけど、私たちが帰ったあと、もっときれいにペンキ塗りをフィニッシュさせておくと言ってませんでしたっけ?」とスリランカ航空の人に何気なく聞いてはみたものの、これといった返事はもらえず。。。

 でも、実際に学校を訪ね、私たちがペンキを塗った校舎で子供たちが勉強に励み、去年と変わらぬ好奇心いっぱいの表情で私を取り囲む彼らを見ているうちに、心配していたことはどうでもよくなってしまいました。だって、大人じゃないんです。やんちゃ盛りで元気いっぱいの小学生が、壁を汚すのは当たり前。外で泥んこになった手で、壁を触れば、クリーム色の壁は汚れてくるでしょう。それに、手垢で汚れているのは階段の壁くらいで、ほかは塗ったときのまま。ペンキを塗った教室で勉強をしている彼らの姿を見ていると、よかった〜という気分になりました。

 そして、何よりうれしかったのは、ちゃんと天井から千羽鶴が下がっていたことと、先生のこんな話です。「私たちは、もうすっかり、鶴の折り方を忘れてしまったのに、子供たちは覚えていて、作り方を教えてくれるんですよ」。たとえペンキを塗った壁が汚れても、ちゃんと心の中には何かを残すことができたのかもしれない、そのことのほうがよほど大切だと思うことができました。そして、あの時寄付した物資の中に入っていたクレヨンを使って、お絵かき大会を開いたそうです。その絵が何枚も壁に飾られていて、とてもうれしい風景でした。その写真も撮ったんだけどなあ、、、。


 このあと、第二弾の人たちと一緒に行った学校も訪ねました。2つはちょっと無理だったので、スリランカで初めての仏教学校だと言っていた、あの小さな学校に出向きました。ちょうど校長先生がいらして、、、小さくてかわいらしい本当に人のよさそうな校長先生、、、行かれた方は、覚えてますよね?ご挨拶すると、表情を崩して喜んでくださいました。ここで一番うれしかったことは、学校と道を隔てたところにあったテント村、あれがいっさいなくなっていたことです。第二弾の人たちと行った場所は、第一弾で訪ねたところより被災の大きかったエリアで、学校の生徒を含め、多くの方がテントの中での生活を余儀なくされていました。あの時は、いったいいつになったらみんなが普通の家に住めるようになるのだろうか、、、と案じたけれど、全員、家に移ることができたそうです。「子供たちももう元気になりました。親も兄弟もなくして独りぼっちになってしまった男の子もいたけれど、あの子も元気になりました」と校長先生。もちろん、心の傷はそう簡単に癒えるものではないけれど、目に見える環境が改善されていくのは、心のケアにも大きく影響するのは言うまでもありません。

 われわれがボランティアに行った後、なぜかあの学校に手を差し伸べる各国からのボランティアが増えたそうで、今では近くに別の校舎も建てていました。といっても例によって小さな建物で、屋根と、大人の腰ぐらいまでの壁があるだけの校舎ですが。そこに、コンピューターを置くそうです、、、でもコンピューターがないそうで。学校の物資を担当している人から、日本の中古コンピューターを送ってくれないかと言われました。皆さんに呼びかけようかと思ったのですが、スリランカでも中古コンピューターは非常に安く手に入ると別の方から教えられ、日本からの輸送費を考えると、返って高くついてしまうと知り、とりあえず呼びかけるのはやめました。でももちろん送る意志のある方がいらしたらご連絡ください。

 
 結局私はこの後、ゴールのほうまで様子を見に行ったのですが、一年前にあったはずのテントは、どこもきれいさっぱりなくなっていました。仮設住宅もほとんど空き家で、6月までには、家をなくした人全員に住宅が割り当てられる、という話をガイドをしてくださったランジットさんからお聞きしました。今はもう6月下旬。住宅、という意味ではそろそろ一段落ついた頃なのでしょうか?

 でもこれはあくまでもシンハラ人の現状で、北部や東部に住むタミール人の津波被害者には、おそらくそこまで手が回っていないことが想像されます。シンハラの人たちに言わせると、「タミール人にも支援金はきちんと回っているはずだが、ほとんどLTTEが武器を買うために使ってしまっている。だから一般人に支援金が回らない。そしてLTTEは、事実をゆがめて、政府がタミール人には支援金を回さない、と責め、外国からの同情を買おうとする、、、」。私はこの目でタミール人の居住エリアを見たわけでもないし、話を彼らから直接聞いたわけでもないから、なんとも言えません。どちらの言い分が正しいのか。。。

 でも、自分が一年前に見た風景と比べ、今年3月に訪ねたスリランカは、明らかに復興への道のりをたどっていることがわかって、そのスピードの速さに驚かされました。
posted by 岩瀬幸代 at 01:51| Comment(2) | スリランカ応援友情プログラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする